堀部やすしのこれから
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もって行き場のないもの | ||
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こんな日本にしたのは誰? |
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もう一度、やってみます。 | ||
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しかし、政治は現実ですから、願ってばかりでは、何も変わりません。民主主義社会ですから、他人に判断を任せたままでは、変化は起こらないと思います。やはり、現在のような借金のツケ回しをストップするためには、政治の力がどうしても必要である、というのが、都議選後にも変わらない私の結論です。このことを多くの人々に実感として受けとめてもらうことが、今後の私の目標になります。
かつて、私は、信頼することのできる議員を送り出し、また、応援していきたいと考え、友人とともに、未来を長く生きる世代のなかから、政党に左右されず、無政党で立候補する人間を応援しよう、と動いたことがありました。かつて記事に取り上げられた新聞などをご覧いただければ、ご理解いただけると思いますが、当初の私は、自ら出馬することなど、考えたこともありませんでした。
さして政治家向きとは思えない私が、なにを血迷ったか、立候補を決めたことは、今でも、不思議に思うことがあります。もちろん、縁もゆかりもない世界に飛び込むことに、周囲も驚きでいっぱいでした。諌める方も大勢いました。政治に参加するということだけで、嫌われもしました。無政党での出馬にこだわって、あきれられもしました。それでも、私にも信念がありましたから、認めてもらえなくとも、細々と準備をし、選挙に参加しました。こんな私に、それでも情けをかけてくださった方々には、涙が出るほど感謝しています。
もって行き場のないもの
ただ、今回の出馬を経て、私はたいへん悔しい思いもしました。落選したことが悔しかったのではありません。それは、選挙に出るというだけで手のひらを返したように白い目で見られるようになったこと、そして、落選後、私に再出馬を諌める方が多かったこと、それが悔しかったのです。
政治不信も深まり、政治家をめざす人というのは、私的な利益のために権力を手中にいれたい人たちだ、という観念が広がっています。素晴らしい人物でも、ひとたび政治家になれば、悪くなってしまう、という固定観念も強いのでしょう。かつて大前さん(現UCLA教授)が、都知事選に立候補したときもそうでしたが、立候補すると伝えただけで、それまで親しかった人が、突如、音信不通状態になってしまうということが、今回の私の場合にも、少なからず、ありました(もちろん、その逆に、思いもかけない方々から、大きなご支援をいただきました。本当に本当にありがとうございました)。
出馬を決心したといったとき、ある人に「遠いところへ行ってしまうんですね」といわれたセリフが、私は、いまでも、耳からこびりついて離れません。その時は、受け流した振りをしましたが、いまでも、その言葉が突きささって、疼くときがあります。選挙に出る人というのは、軽蔑されこそすれ、決して尊敬の対象とはならないということが、イヤというほど、理解させられました。こうして、私は、すでに立候補前に、大きなショックを受けていましたので、落選については、さしたショックを受けることもありませんでした。むしろ、史上最低の投票率(35%・杉並区)のなかで、4,297人もの方のご支持をいただけたことに感激したくらいです。
選挙後に私の再出馬を諌めた方々の言は、さらに悲しいものでした。「なにも、あなたがやることはない」「もう少し、充電してから、やったほうが、あなたのためだ」「政治は利用するもので、自ら利用される存在になるなんて、バカげている」・・・
実のところ、私は、落選したことよりも、その楽天的な発言に、悲しくなるばかりでした。もちろん、何を言ってみても、それを説得することのできない自分自身の腑甲斐なさに、腹がたったのですが・・・ 正直にいいますと、この半年は、どこにも持って行き場のない気持ちで胸がいっぱいになり、ふさいでいたようなところがあります。
こんな日本にしたのは誰なのか!
たしかに、私のような青二才が政治をやろうとする必要はないのかもしれません。しかし・・・ では、無政党・無スポンサーで、人々に軽蔑されるだけの仕事(政治家)をやってください、とお願いしたとして、いったい何人の人が真意を汲み取ってやってくれるというのでしょうか。現実に、自ら売り込んでくる人は、そのほとんどが政党や利権団体の手先ばかりだというのが実際ではないですか・・・
国民が現状に安住し、享楽的な日々を過ごしているうちに、国が傾いてしまった事例は、古くから枚挙にいとまがありません。アテネ、カルタゴ、ローマ、ヴェネツィア・・・すべからく文明の衰亡は、過去の成功・栄光に固執し、保守化した人々が、社会を刷新していけなかったところに原因があったはずです。
日本は、いまのところ、ツケを先送りし、混乱を防いでいるかのようにみえます。しかし、どう考えても、先の展望が見えてこないという事実は、変わるべくもありません。かりに、大なたをふるって、直面している金融危機を乗り越えることができたとしても、明るい未来が約束されているというわけではないでしょう。
事実、アメリカもスウェーデンも、すでに金融危機を乗り切っていますが、現在、アメリカ経済が好調(編集者注:1997年末当時)であるのに対して、スウェーデンの場合は、そうとはいえない状況にあります。日本は、そのスウェーデン以上に、財政再建においても、高齢社会対策においても、大きく遅れをとっているのです。なにより、いまの日本には、21世紀に対応できる産業が全く育っていません。財政赤字の存在がなくとも、ジリ貧は必至の状況です。
いまの状態を放置すれば、ますます若年世代の負担は重くなり、その結果、「静かなる暴動」は、さらに深刻化することになるでしょう。そのしわよせを受けるのは、若年世代だけではありません。いずれ若年世代に疎まれるであろう中高齢層の老後も、間違いなく、悲しいものとなるに違いありません。
選挙中、遊説先で、「おまえみたいな若造は、口先ばかりで、どうせ何もできやしない」とご批判を受けたことがありました。しかし、口先ばかりなのは、私たちの世代だけではありません。こんなひどい日本にしたのは、いったい、誰の世代でしょうか? こんな若造ばかりを育ててきたのは、いったい誰の世代でしょうか? いい歳をして、口先ばかりで何もできなかったのは、むしろ、誰の世代なのでしょうか。
こんな社会になったのは、私たち一人ひとりに責任があるのです。放置し、逃避し、我慢することは、事態の悪化を招くだけでしょう。政治家を批判することは必要ですが、政治を良くする努力もせずに、ただ文句をいうなど、とても大人の行動とは思えません。
政治は、決して、きれいな仕事ではありません。しかし、誰かがやらなくてはならない重要な仕事です。民主主義は、参加することから始まるというのが前提なのです。「自分は直接やらなくてもいい」「そんなものは、誰かにやらせておけばいい」という意識が、どれほど政治を悪くしてきたのでしょうか・・
とにかく、もう一度、やってみます。
去年の冬(編集者注・1997年のはじめごろ)、私は、ひとりで駅頭演説をはじめました。それはそれは寒い日でした。自転車で駅頭まで来たはいいものの、マイクで最初の一言を出すまでに、30分もかかってしまいました。たった一人だったこともあって、足がガクガク震え、逃げだしたい気分でいっぱいでした。
駅の反対側では、ある大政党の方が、演説をしていました。その傍で、その党員と思われる大勢の人々がチラシを配布していました。その主張はともかくとしても、その場には「勢い」というものを感じました。私も、政策チラシぐらい配りたかったのですが、現職でもなければ組織もない私には、平日の早朝にチラシ配布を手伝ってくれるような、暇で奇特な知り合いは、誰もいませんでした。ひとりぼっちというのが、こんなにもさみしいものなのかということを、このときほど、実感したことはありませんでした。
冷静に判断して、私は、線も細く、お世辞にも政治家に向いているとは言えません。だからこそ、政党とは離れたところで、ふさわしい人を担ぎだそう、という活動に取り組んでいました。ところが、どの方の場合にも出馬となると常に周囲の反対という厚い壁にぶつかり、出馬は幻となってしまいました。こうして他力本願の限界を感じた私は、分もわきまえず、立候補を決意したわけです。自分の信念に恥じるところはありませんので、後悔はありません。
ただ、正直に告白すれば、私はこの半年の間に、つまらない他人の言葉が頭から離れず、自分のやってきたこと、そして、これからやっていこうとしていることに自信を持てなくなったことが、度々ありました。ときに、人と話をすることにも苦痛を感じるようにもなっていました。多くの方に支持していただいたことを忘れ、お恥ずかしいかぎりです。
そもそも、私は、配偶者がいたわけでも、子どもがいたわけでもなく、比較的容易に立候補することができました。失うものが何もない人間の強みだったのですが、その私ですら、立候補にあたっては、相当悩みました。守るものが何もない私ですら、そうだったのですから、保守的になっている多くの人が、いま抱えている小さな幸せを犠牲にして、立候補するなど、到底できないことだと思います。
このままでは、いつになっても、選挙はただの利権争いの場です。オール与党という全体主義のような地方政治がまかり通っているなど、およそ民主主義国とは思えない状況です。文明の衰亡の話ではありませんが、すでに保守化してしまった人々には、社会を刷新していくことはできない、ということなのかもしれません。
もう、政党の離合集散には、何も期待できません。危機を感じた人が、政党や利権団体に取り込まれることなく、独立して行動を起こしていくなかで、小さくとも、精一杯、努力したいと思っています。危機はまだ目には見えないものの、いま、タイタニックの氷河のように迫ってきているのですから・・・
人々が「公共」により強い関心をもつようになった今日でも、「政治」となると、どうしても二の脚を踏んでしまうものです。かつての私もそうでしたから、私にそれを責める権利はありません。ただ、これが改まらないかぎり、世の中はよい方向には転換しないと思います。そのためにも・・・ 改めていうまでもありませんが、私はこれからも「政党」「利益団体」とは一線を画して活動していきます。
事実、こんな状況ですから、これからも、無政党で利権団体とは無関係のところで立候補する人は、おそらく、そう増えてこないと思います。「利用者(生活者)の論理」ではなく、「提供者の論理」で活動する政党(議員)、現在の豊かさを守るために未来を犠牲にする政党(議員)・・・ 私はこれ以上、そんな政党(議員)の名前を投票用紙に書くことはできません。そうであるならば、私はこれからも立候補しよう、そう思っています。
今後ともご指導・ご鞭撻どうかよろしくお願い申し上げます
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