杉並区議会は、3月に「防犯カメラの設置及び利用に関する条例」を可決・成立させました。これは公共空間に設置されている防犯カメラの利用方法(ルール)等について明文化した日本初の条例になります。
ところが、初の条例ということもあり、さまざま誤解があるようです。報道は多かったのですが、詳しい内容については、理解されていないのかもしれません。
たとえば、防犯カメラ賛成派の方(防犯カメラの効果を認める意見の方)からは、「公共の場所に防犯カメラを設置するのに、いちいち許可がいるなんて理解できない、何を考えているんだ」という意見が寄せられています。
また、反対派の方(防犯カメラの効果を認めていない意見の方)からは、「監視カメラの設置を奨励するものだ。プライバシー侵害で認められない」という意見が寄せられています。
どちらの立場の意見も、条例の内容を誤解しているとしか思えないものでした。
そもそも防犯カメラの設置が許可制になったわけではないのです。また、条例は「区民等の権利利益を保護することを目的とする」もので、設置を奨励する目的の条例でもないのです。
規制対象はそれほど多くなく、規制も緩い |
今回の条例は、一部の方にとって、それだけインパクトがあったのでしょうが、条例化の過程で検証した結果、「あれはダメこれはダメ」ということになってしまい、実はそれほど大騒ぎするほど影響の大きな条例にはならなかったのです。
また、「監視社会が加速」などという見出しの新聞もありましたが・・・もし、この条例がなければ、ルールも何も法定化(条例化)されないままカメラが悪用されかねないわけで、もっと酷い状態に突入していたはずなのです。
今回の条例は、「防犯カメラとのつきあい方を世に問題提起することができた」という意味では高く評価されて良いと思いますが、それ以上のものでも、それ以下のものでもありません。その意味では、今後運用しながら、見直しを続けていく必要が特に高い条例ということができます。
条例制定の背景は |
近年、犯罪事情の悪化が話題となり、「体感治安」が確実に悪化する中で、官民問わず、犯罪の抑止などを目的とした監視カメラ(防犯カメラ)が設置される場所が急増しています。
杉並区が実施した防犯カメラに関する区民意識調査においても、9割以上の区民が防犯カメラに犯罪抑止の効果があると答えています。また、私のところに寄せられる意見も、防犯カメラの設置には大筋で賛成とする意見が圧倒的でした。
しかし、現状では、防犯カメラの設置や運用についてルールが明確でないケースが多く、それが設置者の自由裁量に委ねられてきました。
このため、防犯カメラで収集した情報が悪用(アイコラの流通など)されたとしても、現状では野放しも同然で、悪用を抑制するような公のルールは整備されていませんでした。
このような現状もあるのか、区民意識調査の結果でも、多くの区民が何らかの基準が必要であると認識していることが伺われました。
- アイコラとは、顔の部分だけを別の人物に挿げ替えた合成写真のこと(アイドル・コラージュの略)。データのデジタル化によって作成が容易となり、とくにネット上における捏造写真の配布(二次使用)が社会問題になりました。
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条例のポイント |
各種調査でも、多くの方が防犯カメラの有効性を認めつつも、撮影された映像が悪用されることのないようにと願っていることがわかりました。
防犯カメラ(監視カメラ)の存在の是非については賛否あるところです。しかし、アイコラの例を見ても分かるように、防犯カメラが増設されている現状においては、個人を特定することができる画像の取り扱い(悪用)に細心の注意をしていくことが必要ということだけは、どちらの立場の方も合意できる点ではないかと思います。
以上のような意向をふまえれば、この条例の制定は、時代の要請にかなうものと考えています。条文や運用面での実効性という意味で、少々課題はありますが、防犯カメラは急増しており、いつまでもルールを明確にしないまま時を過ごす訳にはいかないと考え、私も賛成しています。
以下、その概要とポイントを紹介し、詳しく見ていきましょう。
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- 第1のポイント 「特定の条件を満たす防犯カメラ」については、区への届出が義務になりました(設置場所や取り扱い方法等を要届出)
- 第2のポイント 届出が必要な防犯カメラに一定の適正管理義務を課しています。(防犯対象区域に「防犯カメラ設置中」との表示する、設置責任者の氏名や連絡先を表示する等々。罰則規定なし)
- 第3のポイント 区長は、規定の違反者に対し、防犯カメラの利用中止勧告や是正勧告ができます(違反事実の一般公表も可能に)。
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<第1のポイント>を詳しく見ていきましょう。区への届出が義務化されたのは、次の条件を満たす防犯カメラです。
- 杉並区、商店会、町会・自治会、規則で定める事業者などが、
- 多数の者が来集する場所(特定の公共の場所)に、
- 不特定多数の者を撮影する「録画装置を備えた防犯カメラ」を継続的に設置する場合。
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以上の3条件(設置主体、設置場所、利用形態)を満たす場合は、「防犯カメラ届出義務者」となり、防犯カメラの設置場所や取り扱い方法などについて、区に届け出る必要があります。
しかし、以上の条件のどれかひとつでも満たさなければ、届出義務はありませんし、条例の規制の対象外となります。したがって、届出が必要なカメラは、実はそれほど多くありません。
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2の「多数の者が来集する特定の場所」というのは、道路、公園、広場、河川、駅(改札外のコンコース等)、店舗面積3,000u超のスーパー、定員500人以上の劇場等の公共の場所と規定されました(条例及び規則)。
わかりにくいのは駅ですが、駅はコンコースなどだけ(切符を購入しない者でも自由に立ち入ることができる場所、電車を利用しない者でも通行できる自由通路など道路と地続きになっている公共の場所)が対象です。たとえば、純粋に鉄道会社や電車の利用者だけが利用している駅構内(ホームなど)は届出の対象外としています。 |
(1)について言えば、個人の(自宅防犯用の)カメラは届出の対象外になっています。同様に、コンビニなど商店(各個店)や金融機関内に設置されたカメラも、届出の対象外になっています。私的自治の範囲という判断です。また、警察など他の行政機関が設置するカメラも対象外です。
(3)についていえば、カメラといっても、移動用のムービーカメラや報道カメラなどは、防犯予防目的の固定カメラではありませんので、対象外です。また、「祭りやイベントの様子を収録する特設カメラ」や「携帯電話のカメラ」なども、継続的に固定して使用されるカメラではないので、対象外です。
さらに、防犯カメラとして設置されていても、録画装置を付けていない場合は、届出の必要はありません。
<第2のポイント>届出義務者に課せられた義務(罰則規定なし)は、条例の第6条に詳細に定められており、それらは次の通りです。
- 画像から知り得た区民等の情報を他に漏らしてはならない。
- 画像を設置目的以外の目的に利用したり、第三者に画像を提供してはならない。(生命、身体又は財産に対する危険を避けるため、緊急かつやむを得ないと認められる場合などは除く)
- 画像を加工してはならない。
- 画像の安全管理のために必要な措置(画像の漏えい・滅失・き損の防止措置)を講じること。
- 撮影された本人から、本人が識別される画像の開示を求められたときは、本人に対し、当該画像を開示するよう配慮しなければならない。
- 苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない。
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これらの点については、今後も運用動向を検証し、課題を整理していくことが必要と考えます。たとえば、私が考えている問題意識としては、
- <罰則規定について>
違反者に対する罰則規定を設けるべきではないか
- <撮影された本人から自己情報の開示を求められた場合について>
自己情報の開示については、特定が困難なことや、同時に写っている第三者のマスキングが必要になるため、事実上対応が困難なケースが少なくない(だから配慮としか書けなかった)ことについて、どう考えていくか
- <画像の保存期間について>
画像の保存期間についても、条例上に基準を盛り込んでおくべきではないか(たとえば、新宿・歌舞伎町に設置されている警視庁のカメラは、保存期間を1週間としています)
などが課題と考えています。私は防犯カメラ設置の必要性を感じていますが、そうであるからこそ、悪用に対する罰則規定についても、しっかり規定しておくことが必要と考えてきましたので、この点が実現しなかったのは残念に思っています。今回条例に定めた程度の「最低限のルール」すら守れない違反者に対しては、罰則を設けるべきではないか、今後もよく考えていきたいと思います。
悪用に対する罰則規定が盛り込まれなかった理由は |
罰則規定が盛り込まれなかった理由は、実に単純なことでした。
罰則規定があると、商店会などで防犯カメラが普及しなくなってしまうのではないか(面倒なことは避けたいとの意思が働くようになれば設置されなくなる)と心配する専門家の意見が出されたこともあり、罰則規定は見送りになったのです(同様の理由で、区独自の立入検査権限についても、盛り込まれませんでした)。
しかし、そもそも今回の条例は、個人宅の防犯カメラを条例規制の対象外にしているように、基本的に個人の私的領域には(私生活の範囲には)、何ら規制をかけていないのです。個人が個人のカメラで撮影した画像を使って個人的にアイコラを楽しむこと等について規制した条項は何一つありません。
公共空間に防犯カメラを設置するには、それに相応しいルールが必要だと思いますが、そのルールといっても、現条例では「届出+&」程度のものを定めただけであって、著しく煩わしいわけではない(煩わしいものについては義務規定ではなく、努力・配慮規定に軽減されるなど、かなり緩やかにされている)のです。
以上を踏まえるならば、今回程度の最低限のルールすら守れない設置者に甘い顔する必要はないと考えます。この程度のルールを定めることは、防犯カメラの増設や効率的な運用を求める立場と何ら矛盾しないものだと思うのです。
なお、区に対し、条例は毎年一回以上、区内における防犯カメラの届出の状況や寄せられた苦情の処理状況等を公表する義務を課しています。今後も、それを参考に不断の見直しを進めていかなければならないと考えています。
条例制定の意義は |
いかがでしょうか。すでにご自宅に防犯カメラを設置されている方などは、ご自分が「防犯カメラ届出義務者」でないことがわかり(面倒な手続きが不要であることがわかって)、安心されていることでしょう。
その一方で、プライバシー侵害を心配される方にとっては、届出対象(規制対象)のカメラが限定されていることから、まだまだご心配かもしれません。すべてのカメラの設置者を「防犯カメラ届出義務者」にすべきとお感じになるかもしれません。
たしかに、届出対象外の防犯カメラについては、条例第三条に「基本原則」として、努力規定が定められているだけです。
(参考:第三条) 防犯カメラを設置し、又は利用するものは、区民等がその容ぼう・姿態をみだりに撮影されない自由を有することにかんがみ、防犯カメラの設置及び利用並びに画像の取扱い(以下「防犯カメラの設置等」という。) に関し、適正な措置を講ずるように努めるものとする。 |
しかし、すべてのカメラの設置者を「防犯カメラ届出義務者」に指定・管理していくことが事実上困難と考えざるを得ない中で、他に先駆けて具体的な指針を条例上に明記した(第6条において、一定の指針を内外に明確にした)ことについては、ひとつの大きな成果と考えてはもらえないものでしょうか。
条文中にある「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する」という文言は、有名な最高裁の判例をそのまま書き出したものです(最高裁大法廷・昭和44年12月24日判決)。
過去の判例は、防犯カメラの活用を否定はしていないのですが、この指摘からもわかるように、その使用目的・方法については一定の条件を課していたといえます(以下<参考>)。
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<参考> この判例では、「現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性がありかつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるとき」には裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるとしています。
その後も、「当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影、録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときには、現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影、録画することも許される」といった判断が出されています(東京高裁・昭和62年4月1日判決) |
体感治安の悪化が深まる中で、容疑者を特定するために、防犯カメラを設置するのはやむをえない事態と思います。しかし、このまま公式に統一的な運用ルールもなく、防犯カメラの使用が拡大していけば、マイナス面が目立ってくる可能性も否定できませんでした。
この意味で、過去の判例を条例上に位置づけつつ、防犯カメラの悪用を防止するための取り組みを区が率先して行っていくことを内外に宣言した意味は、決して軽くないはずです。
日本初の条例ということもあり、今後に残した課題も少なくありませんが、防犯カメラを積極的に活用しつつ、プライバシーはしっかり配慮していく「強い姿勢」を(行政内部の規則等ではなく)議決を得た条例によって明確にしたことは、今後、法的に大きな意味を持つと考えています。
施行日は、平成16年7月1日です。
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