それは「議会改革特別委員会」が発足した直後の秋のことでした。
杉並区議会で「Ustream問題(ユーストリーム問題)」が発生し、議会内が大揺れとなったのです。
事件の発端は、ある傍聴者が、平成23年(2011年)9月に行われた本会議の模様をUstreamを使って生中継しながら、その時の議会の様子を実況中継風に書き込んだことに始まります。
この生中継は、議会の許可を得て行われたものです。
しかし、後に、この生中継が議会内で問題視されたことから、Ustream上に公開されていた動画は、撮影した傍聴者本人が自発的に削除しました。(なお、同じ内容は、杉並区議会公式ホームページで確認できます)
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Ustream中継されたのは、私の一般質問(新区長誕生1年を振り返る)や議員提出議案13号への意見(韓国に多数の議員を派遣旅行させることに対する反対意見)などでした。
本会議の模様は、映像も会議録もオープンになっています。生中継こそ行われてきませんでしたが、録画映像は翌日以降に議会公式サイトの中で公開されてきました。
ところが、そのような取扱いになっていた映像であったにもかかわらず、民間人が行ったUstream配信については、その当否があれこれ問題視されることになったのです。
議会の許可をとって動画撮影されていたにもかかわらず、「Ustreamによる中継は、今回のように悪用されるおそれがある」という話になり、悪者扱いの様相となりました。
その後も、理事会(議会運営委員会理事会)の中で、今後の取扱いが延々と議論されています。 |
何が問題とされたのか
第1には、傍聴者がツイッター上に書き込んだ内容が問題となりました。
ユーストリームやニコニコ動画においては、動画配信と連動する形で、視聴者が感想を自由に書き込むことができるようになっています。それらの書き込みの中で「○○議員が寝ている」といったような実況中継をしたことが問題となったわけです。
本当に寝ていたと判断できるだけの確たる証拠でもあればよいのですが、実際にはなかなか難しく、例えば後ろ姿から寝ているかどうかを判断するのは難しい場合もあります。良好な画質で近影を映していたわけではないので、ややこしいことになりました。
第2には、政治的意図の有無が問題となりました。
後になって明らかになったことですが、今回の撮影者は、ある会派(所属議員5名)の関係者の方でした。組織的に悪用する意図で撮影していたのではないか、悪意を持ってコメントを投稿していたのではないか、などと疑われたわけでです。
しかし、小型カメラで撮影されたと思われる映像は、およそ鮮明とは言えず、そもそも悪用の余地の少ないものでした。
また、撮影中、実際に質問や演説に立っていたのは主に私ですが、撮影されていた私は今回そのような感想を持つことはありませんでした。もっとも、その他の議員や職員についても、あれこれと書き込みがありましたので、その方がどのようにお感じになったか、私にはわかりません。
スマートフォン1台あれば、1人でも気軽に動画配信できるようになった今、深い意図なく生中継する(ダダ漏れする)ケースは増えているわけですが、過去にない経験から杉並区議会内に動揺が走ったわけです。
民間人(個人)による議会の生中継は「自粛」に
かくしてユーストリームを通した情報発信は、議会内で大問題となりました。
現在この方は生中継を「自粛」されています。どうやら再開の目処は立っていないようです。それどころか、議会内には「禁止すべき」との意見も出てきています。
ややこしいことになってしまいました。
要するに、素性の知れない者が生中継するのはまかりならん、という発想が背景にあるのかもしれません。テレビ局が大型カメラを持ち込んだことは、過去に何度もありましたが、今回のようなことが問題になったことはありませんでした。
今回配信された傍聴者の方は、私も特に知り合いというわけではなく、直接に話をしたのは、放映前日のことでした。
たまたま議会内で接触があり、「ユーストに試験的に議会の映像をアップしてみました。明日は、堀部さんの質問の様子を本格的にユーストリームで放映したいと思っていますので、よろしくお願いします」といった程度の話をしたことを覚えています。
それまで杉並区議会の議会中継は、録画配信のみで、生中継は実施されてきませんでした。なんとか生中継が実施できれば、と思ってきただけに、とても有り難いお申し出でした。
こちらの負担も手間もなく、貴重なお時間を使って本会議の生中継をしていただけるというのであれば、私としては感謝の言葉しかありません。それは、おそらく他の議員であっても同様であったことでしょう。
たとえば、マスコミが「公開されている会議を生中継したい」といえば、原則として拒否する理由はないだろうと思います。
もちろん、撮影の際、他の一般傍聴者(私人)の姿を撮影することが可能である現状を考えると、ルールなき生中継に課題がないとは言い切れないところで、撮影のルールを明確にすることは必要だろうと思います。
しかし、そもそも「公開されている会議」である以上、「ユーストリームを使った生中継だけは全面的に排除」という主張には無理があります。
たしかに、一部を改変して伝えるなど、悪意ある編集があれば問題と思いますが、撮影許可を得たうえで行われた生中継(何ら編集作業の伴わない生配信)が、ここまで問題視されるとは、正直たいへん驚きました。
動画配信サイト「ニコニコ動画」の事業規模は、すでにローカルテレビ局並み
ユーストリームの利用は、もはや特殊な世界の話ではありません。
政権交代によって実施された国の「事業仕分け」においては、このユーストリームやニコニコ動画(ニコニコ生放送)が大活躍しました。これら新メディアは、「事業仕分け」の模様をすべて「生中継」で伝え、多数の視聴者を集めていました。
いずれも現在では既存のメディアが伝えない情報を発信する貴重なメディアとなっています。テレビでは放送できないような内容の番組がどんどん放送されています。
最近では、これらの番組に積極的に登場する著名人や政治家も増えてきました。
小沢一郎代議士は、その典型です。テレビ番組にはほとんど出演しない一方で、ニコニコ生放送には積極的に出演しています。
これらの新メディアは、テレビのように「時間の制約」と称して発言を一方的にカットすることが、ほとんどありません。また、新聞のように「編集」と称して発言のごく一部だけを切り取り報道することも、ほとんどありません。双方向型のメディアであり、参加型のメディアであることも、人気の理由です。
テレビの視聴率は総じて低下傾向にあり、新聞の購読者数もまた減少傾向にある一方で、台頭著しい新メディアは、いま破竹の勢いで視聴者層・読者層を増やしています。
たとえば、ニコニコ動画の場合、いまやプレミアム会員は150万人を超え、一般会員のID登録者数も2000万を超えています(プレミアム会員の150万人が、月525円を支払うことで、その他大勢の視聴者のニーズに応えています)。
プレミアム会員の数から推計するところ、ニコニコ動画の会員収入は年間80億円を優に超えています。これは地方のローカルテレビ局と同じくらいの事業収入がある計算です。
ニコニコ動画は、すでにローカルテレビ局と同じくらいの「実力」を持つようになっているわけです。それだけ多くの人たちが「双方向型の映像メディア」「生の情報」「自由な発想でタブーなく放送できる(発言できる)番組」を求めている、ということでしょう。
そのエッセンスをどこまで議会中継に導入できるかは未知数ですが、こうした「時代の変化」を踏まえた対応を図っていくことは当然というべきです。
「よくわからない新しいメディアはお断りだ」といった対応では、時代に取り残されていくだけです。
政治をアップデートする/「一般意志2.0」による政治の時代
新メディアの特徴は、たった1人であっても情報の発信者となることができる点です。
動画の質にこだわらなければ、高価な機材も不要。気軽に動画配信することができる時代となりました。この流れは止められません。頭ごなしに利用を禁止したところで、どうなるものでもありません。ルールを明確化しつつ冷静に受け入れていくべきものでしょう。
2011年12月、東浩紀早大教授は、『社会契約論』の中でルソーが構想した一般意志による政治は、現代の情報技術を使うことで実現できる(現代の情報技術を使うことで「一般意志2.0」へとバージョンアップできる)ことを指摘した一般向け哲学書を発表し、話題になりました。
詳しくは、東浩紀『一般意志2.0 〜ルソー、フロイト、グーグル〜』を確認していただければと思いますが、議会制民主主義の新展開を考えるうえで、たいへん参考になるものです。
新メディアの台頭は、各種ソーシャルメディアとの相乗効果により、従来超えられなかった「報道の限界」「伝聞の限界」「同調圧力の限界」「熟議の限界」を乗り越え、成熟した新しい民主主義の実現を可能にしつつあります。
この流れに抗ったとしても、おそらく時代に取り残されていくだけでしょう。
杉並区議会もまた長く続いてきた機能不全を乗り越えるために、「変化」を受け入れていかなければならないと私は思います。
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