杉並区議会議員(無所属)堀部やすし最前線



減税自治体構想(減税基金)の現状と課題
(その5) 課題3 地方財政法上の問題/社会資本の老朽化
2010.3
●課題3
  区債発行をゼロにするとはいうが、施設整備基金への積立計画がない現状

 第3の課題は、社会資本の老朽化が進む中、施設整備基金への積立計画が不透明で明らかでない点です。

 杉並区では、まもなく築50年を迎える区立校を約50校抱えるなど、社会資本の老朽化が顕著になっています。高度成長時代にいっせいに整備した各種社会資本の老朽化は深刻な課題です。

 しかし、杉並区は今後「区債を発行しない」とする原則を持っていることから、これにどのように対応するか、大きな問題となっています。

 これは地方財政法上の限界を考える際にも避けて通ることのできない課題です。

●迫り来る社会資本の老朽化

 現在でも老朽化した施設に対するクレームは頻繁に話題となっており、議員である以上、そのような話は否が応でも耳にするところです。

 とにかく高度成長期にいっせいに整備したものが多いため、耐用年限もまた集中することになり、ここに対応の難しさがあります。

 したがって、山田区長時代の12年とは異なり、次の12年においては学校改築をはじめとした各種対応に、実に多額の経費を要することになります。

 そのハードルは非常に高いと言えます。次の区長(あるいは次の次の区長)は、本当に苦労することになるでしょう。

 しかし、このような厳しい状態にある中でも、今後、杉並区は建設債をはじめとする区債を原則発行をしない方針を打ち出したのです。

 このような方針を打ち出した自治体は、おそらく史上初ではないかと思います。(もちろん、まもなく勇退すると明言している現区長が退任間際に打ち出した方針であり、次期以降の区長がどのように判断するかは別なのですが)

 勇気ある決断ですが、当然、単年度の税収だけで対応していくことができるわけはなく、事前事後の対応が不可欠となります。

 杉並区では、従来より投資事業にかかる経費について、施設整備基金を設置して一定の対応を進めてきましたが、今後はさらにこれを有効に活用し、計画的に積立を行うことが必要になります。

 もちろん、減税基金や財政調整基金の取り崩しによって、そのための費用を賄わないことは大原則になります。しかし、とにかく多額の経費がかかる問題であるだけに、それが可能か否か、先行きは非常に不透明です。

●今後における区債発行の基準

 杉並区においても、「償還財源の見通しが確実に講じられる場合」には、「例外」として、建設債を発行できるとする方針で臨むと説明しています。

 具体的には、経費の大半を国や都の補助金・交付金で賄える場合を想定していると説明しています。

 しかし、経費の大半を国や都の補助金・交付金で賄えるケースは、特殊なケースであって、実際にはほとんど存在していません。当然のことながら、学校改築をはじめ、杉並区が責任を持って実施する事業にかかる経費の多くは、通常その過半が杉並区の負担となります。

 このため、区もまた学校改築などは、建設債を発行できる「例外」にはあたらないと説明しているところです。補助率1/3〜1/2程度では区の財政負担はまだまだ重いという判断でしょう。

 もちろん、政府債務がGDP比200%などという世界一深刻な財政危機にある日本政府が、いつまでも確実に補助や負担を履行してくれる保証はなく、国を頼りにして安易に借金をするような依存姿勢は好ましくないでしょう。

 したがって、学校改築(建て替え)などの対応について、区債を発行せず対応していくという原則が悪いというわけではありません。問題は、いかに計画的に必要な資金を用意するのか本当に用意できるのか)という点にあります。

●今後必要になる投資事業とは

 高度成長時代の昭和40年代頃までに、短期かつ集中的に整備された社会資本は、あまりにも膨大です。その多くが現代の変化に対応できなくなってきています。

 人々の住まいや生活様式は大きく変化しています。少子高齢化は世界一のスピードで進行しており、特別養護老人ホーム・グループホーム・保育園・学童クラブなどを計画的に設置しないわけにはいきません。

 集中豪雨による善福寺川・妙正寺川・神田川の氾濫、下水逆流による道路冠水、住宅地における床上・床下浸水が頻発しています。河川対策だけでなく、温暖化の進行・都市型水害の多発に対応した路面改良なども不可欠になっています。

 人々を悩ませ、地域環境を著しく悪化させている「開かずの踏切」を解消するための対策(連続立体交差事業など)も、これ以上先送りできません。現在、京王線においては着手されていますが、井の頭線、西武新宿線などはこれからの課題です。過去の実績から見れば、杉並区も事業者として参加し、財政負担することになるでしょう。決して軽い負担ではありません。

 高齢社会に全く対応できていないような歩道のない危険な道路(迂回交通の放置)も可能なかぎり改善しなければなりません。日本では交通事故死の51.2%が高齢者ですが、この割合は欧米諸国の2〜3倍になっています(警察庁交通局「平成21年中の30日以内交通事故死者の状況」)。歩行中の事故が多いことからみて、車道と歩道が未分化の道路が多いことと無関係の話ではないはずです。

 そして、老朽化が進む区立施設の数々です。

 とくに区立小中学校。学校は区有施設(総床面積)の過半を占めていることから、その対応を先送り・後回ししたいと思っても無理があり、限界があるのです。義務教育であることからも、最優先課題といってよいでしょう。

●絶対に必要!施設整備基金の積立計画

 このように、各種社会資本の維持・保全・改良・更新は、今後の杉並区政における最重要な課題の一つです。

 これらの耐用年数や被害実態などを考えれば、過去10年間とは、その重要性(優先度)が決定的に異なると言わなければなりません。整理・統廃合等をするにしても、次の10年は「大きな決断を迫られる10年」となるでしょう。

 これに対して杉並区が現在説明しているとおり「起債ゼロ」で整備を進めるというのなら、ざっとみて今後(区債償還後)の各年において100億円単位の積立を施設整備基金に行っていくことが必要になるというべきです。以上の行政需要のピークは今後5〜15年程度の間に集中的に到来するとみられるのです。

 このような中で、当初の予定どおり減税基金に予算の1割を振り向けるとなれば、9割行政はおろか、8割行政をも念頭に置いて財政計画を立て、施設整備基金にも適切な額の積立てを計画的に実施していかなければならないのです。

 ところが、現実の杉並区政において、起債ゼロを維持するために必要な「施設整備基金への積立計画」は、現時点で何ら方向性が明示されていないのです。

 語られているのは遠い将来の減税の話ばかりです。

 杉並区は、学校改築がなんとなく起債ゼロで実現できるかのような、そんな曖昧な説明をして逃げています。しかし、その数の多さと影響の大きさを考えれば、相当数の学校統合等を断行しない限り、その実現性は乏しいと言わざるを得ません。

 予算議会の冒頭で山田区長は「常に『先手を打つ』区政経営に努め多難な時代を乗り切っていく」と所信を述べていました。適切な時代感覚と思います。

 にもかかわらず、この点については先手を打たず、後継者に丸投げするつもりなのだとしたら、言行不一致なのではないかと思うのです。

●無計画のまま区債発行を回避するのは困難

 ちなみに、トップダウン型行政の少なくなかった山田区長の時代でさえ、任期中に実現した学校統合は、天沼小学校たったの1校のみでした。

 これに目を覆ったまま減税にむけた計画だけを前に進めることは問題です。区長が交代したら、急に学校統合がどんどん迅速に進むようになるものでしょうか?

 無計画のままなら、そう簡単にはいかないでしょう。

 施設整備基金への積立計画がないままの状態で、物事が順調に進むわけはないと思います。こんな状態の中、本当に区債ゼロで乗り越えられるのでしょうか?

 現状は「減税基金への積立で減税を実施する」という夢ばかりを語っており、現実がまるで見えていないのではないかと思うのです。

 もっとハッキリ言ってしまえば、「区債発行ゼロ」を本当に区の方針として守っていく覚悟があるようには見えないのです。

 今後は学校改築計画などとともに、施設整備基金への積立計画をはっきりさせていく必要があると考えます。

●減税と施設整備を両立させることは可能か

 この問題と減税自治体構想との関連については、見過ごすことのできない事件も発生しています。

 学識経験者を招いて行った研究会シミュレーションにおいて用いられた基礎データが、議会・議員側に全く提供されなかったのです。

 これを担当者に問い質すと、それは研究を行った大学教授が保有しているもので、杉並区では保有していないものだというのです。

 杉並区が設置した減税自治体構想研究会で、杉並区が各委員(大学教授)に対して報酬並みの謝礼を払って研究を依頼したにもかかわらず、あまりに杜撰な記録管理・公文書管理となっています。

 このシミュレーションは、今後の減税の成否を占うため、また税収や行政需要に対する予測の当否を検証するため、欠かすことのできないものでした。

 しかし、このような状態でシミュレーションの妥当性・実現性を客観的に評価することは困難です。

 なお、テレビ朝日『スーパーモーニング』は、「今後の税収の見通しが甘い」と杉並区の構想を批判する宮脇淳・北海道大学教授のコメントを紹介しています(2010年2月17日放送/なお、宮脇淳教授は、かつて杉並公会堂PFI事業の決定に関して杉並区政に参画したことのある先生です)

 このような批判に杉並区としても反論はあるでしょうが、杉並区自身がシミュレーションの基礎データさえ保有していないというのでは、全く批判に耐えられる状態ではありません。

 今後については、しっかりデータを保有したうえで情報提供するよう要請しているところです。

●地方財政法上の限界を忘れるな

 さて、このような状態のまま、もし、将来、経済変動等その資金繰りから建設債の発行を余儀なくされた場合、一体どうするのでしょうか?

 地方財政法5条の4第4項は、普通税の税率を標準税率未満にする場合、すなわち減税をした場合について特別の定めを設けています。

 減税した場合、杉並区は、東京都知事の許可を受けなければ、建設債を発行できないのです。(いわゆる不同意債を発行することもできません)

 そのとき、もし施設整備基金に不足があれば、減税基金などを取り崩すしかありません。しかし、それでは減税の原資が削られていくだけでしょう。当初描いた構想は脆くも崩れていくことになります。

 都区財政調整制度の下で恩恵を受けている杉並区が独自に減税をした場合、東京都が起債を許可しない可能性は十分にあり得ることです(本稿課題2参照)。それは、地方自治法282条が定める「他区との財政調整の理念」からみても、必ずしも不当とは言えない状況にあるのです。

 地方自治法や地方財政法が改正にならない限り、これは変わらない現実です。

 そうであるからこそ、施設整備基金の積立計画を策定することが不可欠だと考えるのです。将来のために必要な内部留保をしっかり見定めたうえで、着実に対応していかなければなりません。

 しかし、こちらの問題は現時点においては曖昧にされたままです。構想の実現性とともに、今後しっかり議論していく必要があります。

 夢を追う者が足元をすくわれかねない構図がここにあり、石原慎太郎東京都知事などが公然と口を挟んできた現時点においては、ここに強い懸念を感じています。


杉並区議会議員(無所属) 堀部やすし


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