●課題2 地方自治法上の限界
今のような都区財政調整制度がある限り、杉並区の勝ち逃げはありえない
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第2の課題は、特別区制度という地方自治法上の限界です。
杉並区は、東京23区(特別区)の中の一団体に過ぎないという限界があります。
都区制度の特徴である「都区財政調整制度」の存在を知らずして、この問題を語ることはできません。
いかに素晴らしい理念といえども、その実現にあたっては、現実の法制度との親和性を考えた上で対応していく必要があります。しかし、そのための具体的な対応は現在のところなく、今後の課題となっているのです。
当初は円滑に進むかに見えた減税自治体構想も、ここにきて東京都知事や港区長といった利害関係者が法制度的な限界を示唆した発言をみせるようになってきました。したがって、もはやこの課題から目を背けるわけにはいかなくなりました。
具体的には、2010年(平成22年)2月12日の石原都知事記者会見、2009年(平成21年)10月8日の港区長発言(議会答弁)にそれが表れています。
たとえば、港区などの都心区から、減税めあてに高額所得者が杉並区に転入することで、仮に表面的な住民税収が増えたとしても、都区財政調整制度の運用如何では逆に他の収入(都区財政調整交付金)が減額されることになります。
これは法律に根拠があるだけに、杉並区の努力でなんとかなるものではないのです。(この制度の内容は後述します)
非持ち家の高額所得層(定率減税による引越の可能性が最も高い層)は、都心にお住まいであることが少なくありませんので、この問題の発生は必然でしょう。
杉並区を含む東京23区は、地方自治法が定める「特別区」であり、良くも悪くも、長らく東京都を中心とした一つの傘の下で一体的な行政運営が行われてきました。
その象徴は、都区財政調整制度です。東京23区内の固定資産税や法人住民税を各区の財源とせず、都区の共有財源としている点です。
この共有財源は、各区に対し一律に配分されることはなく、各自治体における行政需要と財政力を確認したうえで配分額が決定されています。これは、23区内に財源の著しい偏在がみられることから、その均衡を図ることが目的とされています。
このことは地方自治法282条に明確な定めがあり、「都は、都と特別区及び特別区相互間の財源の均衡化を図り、並びに特別区の行政の自主的かつ計画的な運営を確保するため、政令の定めるところにより、条例で、特別区財政調整交付金を交付するものとする。」と書かれています。
その趣旨は、「特別区がひとしくその行うべき事務を遂行することができるように都が交付する」ものであると2項で述べられています。
このため、都区財政調整制度は、地方交付税交付金の東京都版であると説明される場合があります。
これにはやや誤解があるものの、格差是正のための再配分的な機能を持っているという意味では、必ずしも間違っていない言い方でしょう。実際の交付額を決定するにあたっても、地方交付税制度に準ずる仕組みがとられています。
杉並区の財政は、この財政調整交付金に強く依存しており、ピーク時には400億円以上の交付金を受け取っていました。
その他の都支出金・補助金を含めれば、東京都を通じた財政配分は、さらにこれを上回ります。こうした現実から目をそらすべきではありません。
ここのところの杉並区の決算規模は、毎年1500億円前後です。このうち区税収入が500〜600億円であったのに対し、東京都からの特別区財政交付金(都区財政調整交付金)は350〜400億円となっています。
杉並区においては、この財政調整交付金が個人住民税に次いで大きな収入源になってきました。
杉並区の財政力指数は1未満です。杉並区は市(普通地方公共団体)とは異なり、財政的に自立した自治体でないのです。
都区財政調整交付金の交付額を決定する権限は東京都にあります。
東京都が各区に対し、実際にいくらの交付金を交付するかは、東京都知事の提案により、東京都議会で議決されています。
その内容を決定するにあたっては、都区協議会の場で東京23区側に意見を述べる機会が保障されていますが、実際にはそれさえ怪しいのが現実です。
平成14年、東京都知事は、都区協議会で一切事前相談をしないまま、一方的に固定資産税の減税を打ち出し、これを決定してしまいました。都区財政調整交付金の総額(総枠)は、これによって一方的に減額されることになりました。
固定資産税は市税であることから、普通の市であれば、このようなことは絶対に発生しないことです。
このとき、私たちは、特別区(東京23区)が、その実質において東京都の内部団体のままであることを思い知らされることになりました。23区側との協議(都区協議会)が現実には全く機能していないことが白日の下に晒された瞬間でした。
おそらく、このような状態は、地域分権の重要性を認識している方が東京都知事にならない限り、絶対に変わることはないでしょう。
このように、都区財政調整制度に関わる税財源(法人住民税、固定資産税、特別土地保有税)について、23区側は何の決定権も持ってこなかったのです。
各区への交付額はあくまで東京都の裁量の範囲において決定するのであり、東京都知事と東京都議会の権限は、それくらい絶大です。
区は、現在の算定基準の下では何も影響はないと胸をはって説明していましたが、現在の算定基準といっても、それは東京都が決めたことであって、平成14年の時のように、いつ何時、杉並区財政に不利な変更が行われるともわからないのです。
杉並区は、東京都の理解と協力なく減税のメリットを独占できるような、そんな独立した自治体ではないのです。
もちろん、23区の側にも、各区の置かれた立場によって、さまざまな事情があります。
東京23区では、人々の生活圏が各区単位で収まることは少なく、23区全体の中で、必要な施設が分散配置されてきた歴史があります。
なかでも、いわゆる迷惑施設は、土地利用の高い都心ではなく、当時あまり土地開発の進んでいなかった周辺区に設置されることが少なくありませんでした。
その結果、周辺区の区民所得や納税額が相対的低位に止まる結果を招いたことは否定できず、このような23区内の経済格差は半ば人為的に生み出されてきたとも言えます。
都市の活動には光と影があり、いわゆる迷惑施設もまた当然に都市に必要不可欠な施設でした。
どこかの誰かはこれを引き受けなければならないわけで、格差はまさに人為的に生み出されるとともに、各地のイメージもまた固定化されていきました。
このように生み出された格差をならすため、主に都心区から豊富に納税される固定資産税や法人住民税収などは、23区全体で分かち合う仕組みが今日まで維持されてきたわけです。
銀座や表参道などの地価の高さを確認すればわかりますが、都心区で納められている固定資産税は非常に高額です。
また、日本を代表する大会社の多くが、このような都心に立地しており、東京都に多額の法人税を納めています。
そして、杉並区をはじめとする周辺区は、これら充実した財源の恩恵を受けて発展してきたわけです。道を一本挟んだだけの多摩地域や他県に比べ、明らかに質の高い福祉政策を実現できたのは、これが最大の原因です。
これは主に都内で働く民間人の努力によって生み出されてきた果実というべきなのであって、それに比べれば杉並区の努力など本当に微々たるものです。
これといって特筆すべき財源のない周辺区においても、他県や多摩地域の方から羨ましがられるような充実した福祉施策を提供できたのは、この都区財政調整制度があったからなのです。
とくに周辺区に位置する杉並区は、この恩恵を多大に受けてきたのです。
現状において、もし杉並区が現在の特別区の枠組みから離れ、武蔵野市のような普通地方公共団体である「市」となった場合には、地方交付税交付金を受ける側に陥ることが明らかになっています。
これは、既に過去の杉並区財政白書「ざいせい」で明らかにされているほか、東京自治研究センターが2002年に発表した都区制度改革研究会の報告などでも明らかにされていることです。
これが財政力指数「1」未満の自治体の悲しい現実です。この現実から目をそらしてはならないと考えます。
バブル崩壊以降、杉並区では個人住民税収入が減少傾向にありましたが、その反面、この東京都が交付する財政調整交付金が増加することで、杉並区は財政規模を維持拡大させてきました。
その交付額は、平成元年度から平成10年度までにおいて平均約192億円であったのに対し、近年の交付額は、毎年350億円から400億円にも及んでいます。
いうなれば、区税収入の減少傾向を都区財政調整交付金で補ってきたのであり、相対的に東京都からの財政交付金に対する依存度は高くなっているわけです。
石原慎太郎・東京都知事が記者会見において暗に示唆したかったことの一つは、この点でした。さらに港区長が当該議会での発言で暗に示唆したかったことも、間違いなく、この点でしょう。
正直、このような利害関係者との間で理解・調整が得られていない中での提案となったことに少なからず驚きを持ったのは私だけではないでしょう。これ以前と以後で私の考え方も大きく変わりました。
こうなったからには、より冷静に、強かに、そして戦略的に対応していかなければならないと考えます。
折々の行政需要や制度改正の動向にもよりますが、都心区の中には、都区財政調整交付金をほとんど受け取っていない区もあります。
港区や渋谷区などは、年度によってはゼロという年も珍しいことではありません。
これは、港区や渋谷区で納められている固定資産税や法人税収が港区や渋谷区では使われず、専ら周辺区において使われていることを意味します。
すなわち、都心区においては、区が街並みの改善や企業誘致に熱心に取り組んだとしても、その果実のほとんどを周辺区に奪われていくに等しい状況に置かれているわけです。都心区の関係者が不満を持つのも無理からぬところがあります。
このような状態で、杉並区が単独で自由に減税をするつもりなのなら、競争力のある都心区はもっともっと自由になんでもさせてほしいと思うようになることでしょう。
それは自助努力として認められるべきことだろうと思います。しかし、これに正面衝突で挑んでいくなら、おそらくその自由競争に負けるのは、都心区に比べ相対的に地の利が悪く、財政力・担税力の劣る杉並区のほうでしょう。
このように23区の財政は、構造的に密接不可分に結びついています。
財調制度の下におけるゼロサムゲームの相手方となる他の22区が、減税自治体構想の実施にあたって杉並区側の味方になってくれる保証はどこにもありません。
それが正論といえるかどうかは別ですが、政治とはそのようなものであり、これに抗うつもりならば、より強かに、かつ戦略的に対応していかねばならないはずなのです。すでに杉並区の減税自治体構想に対して不快感を表明するステークホルダー(利害関係者)が存在していることを忘れてはなりません。
山田区長がこのような提案をするからには、その実現を期して、現在権限を独占している東京都知事への立候補もまた一つの選択肢であるべきでしょう。あるいは、特別区制度の廃止を期して国政に打って出るのも一つの方法でしょう。
いずれにしても、この問題は、特別区制度という制約に縛られた杉並区だけの努力で完結・解決できるような課題ではないにもかかわらず、あたかもそれが実現できるかのように説明しているところに大きな問題があるのです。
山田区長は、今回この大きなアドバルーンを自ら上げつつも、この構想の実現を後継者(近く誕生する予定の次期区長)に委ねるとしています。
しかし、このような状態で「後のことは次の人が考えてください」というのでは無責任といわれても仕方ないでしょう。
杉並区として必要な自助努力をしていくことは当然ですが、その限界がすでに垣間見えていることを踏まえつつ、戦略を立て直していくことが必要と言えます。
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