杉並区議会議員(無所属)堀部やすし最前線



定額給付金(給付事業)が抱える法的矛盾
2009.3
 政府は、このたび各自治体の住民や外国人登録者に対し、一人1万2000円(高齢者及び18歳以下は一人2万円)を一律に現金給付するという景気対策(定額給付金)を提案し、各自治体に要綱を提示してきました。

 この定額給付金については、景気対策として効果が有るか無いかといった経済的な側面から意見が相次いでいます。

 もちろん、それも重要な問題ですが、それ以前の初歩的な部分に大きな問題があることも忘れてはなりません。今回明らかになってきた総務省の要綱に基づく定額給付金(給付事業)には、明らかな法的矛盾が存在しているのです。


◆追記 
 3月21日 の毎日新聞によると、次のような事実が明らかになっています。
<定額給付金>「納税に振り替え」撤回 川内村謝罪へ

 福島県川内村が村税の滞納者に定額給付金での納税を求める文書を送った問題で、遠藤雄幸村長は20日、「制度の趣旨に反し適切でなかった」として、文書の撤回を表明した。総務省から県を通じ、撤回するよう指導があったという。

 村が滞納者に送った文書では、給付金を村指定金融機関に振り替えることを村に委任するよう求め、委任状を提出しない場合は「給付金が口座に入金された時点で、強制的に納付していただく」と記していた。既に滞納者25人が委任に応じていたという。

 村は今後、文書を送付した約300人全員に謝罪文を郵送し、委任に応じた25人には村職員が自宅を訪れ謝罪するという。遠藤村長は「定額給付金の趣旨を考えると、今回の措置は配慮を欠いていた。村民に多大なご迷惑をかけ申し訳なく、反省している」と語った。
(3月21日1時33分配信 毎日新聞)
 あきれた話です。

 滞納処分を禁止したいのであれば、総務省が法律で「定額給付金は差押禁止財産」と定めておくべきだったのです。悪いのは、そのように法律で定めなかった国であって、川内村のせいにするのはお門違いも甚だしいというべきです。

 川内村は人口3200人(1128世帯)とのことです。そのうちの約300人が滞納者であるという事実は、なかなかシビアな話です。このような財政力の弱い小さな村が、総務省からこのような強圧的な指導をされたら、一溜まりもなかったのでしょう。

 しかし、総務省が、このように「撤回するよう指導」したことについては、関与法定主義(地方自治法245条の2)に反する疑いがあります。小さな村であっても、地方自治法は団体自治を保障しているのですから。

 自治体が滞納処分をすることは、そもそも地方税法に定められた義務ですから、川内村が法律的に間違ったことを言っているわけではないのです。総務省は税務担当者は代理受領できないなどと横槍を入れていますが、法的根拠はありません。

 このようなメチャクチャな要綱行政が罷り通るのでは、およそ法治国家とは言えません。分権改革はすっかり骨抜きにされています。



◆定額給付金について定めた法律は何もない


 総務省によれば、今回の定額給付金(給付事業)の法的根拠は、地方財政法16条とのことです。

 しかし、これは「国は、その施策を行うため特別の必要があると認めるとき又は地方公共団体の財政上特別の必要があると認めるときに限り、当該地方公共団体に対して、補助金を交付することができる。」と書かれてあるのみです。

 つまり、定額給付金について具体的に規定した法律ではありません。

 また、マスコミが話題にしている定額給付金の関連法案というのは、「平成二十年度における財政運営のための財政投融資特別会計からの繰入れの特例に関する法律」のことですが、これは、いわゆる「霞ヶ関埋蔵金」を取り崩すことを定めているだけの法律です。

 したがって、これも定額給付金について具体的に規定した法律ではありません。


◆定額給付金は、地方自治体の自治事務


 定額給付金は、国の政策と説明されています。

 しかし、このように国は定額給付金について定めた法律を何も整備していないのですから、これは国の事業ではありません。

 総務省自身も、定額給付金は地方自治体の自治事務になると説明しています。

 今回の場合、国が要綱を示して補助金を出し、地方自治体が自らの事業として、自らの責任で現金を配る・・・・こういうことになるわけです。


◆「法律がない」というのはどういうことか


 地方自治法245条の2は、関与法定主義を定めています。

 平成12年の地方分権一括法(地方自治法の改正)により、地方自治体の事務に国が関与するには、具体的に規定された法律の根拠が必要になりました。

 昔とは異なり、今日では、法律の根拠なく、総務省が地方自治体の活動に口を挟むことはできなくなっているのです。

 具体例で考えてみましょう。たとえば、住基ネットです。

 本来、地方自治体の自治事務である住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)について、なぜ、国の関与が許されたかといえば、国や都が予算を計上していたからではなく、国が住基ネットについて定めた法律を作っていたからです。

 かりに悪法であっても法は法です。形式的に法律がある以上、これに従うほかなかった、というわけです。

 これに対し、定額給付金の場合は、総務省から要綱が示されたのみであり、具体的な内容について定めた法律は何も存在していません。

 要綱とは、総務省内部で定められた事務処理の内部指針に過ぎないものです。法律でも政令でもありません。

 おそらく後に事務事業執行の責任を問われることのないよう、国はあえて法律にしなかったのでしょう。

 したがって、定額給付金の給付方法や給付時期、定額給付金とタイアップした杉並区独自施策との連係などについては、平等原則を侵すことがない限り、地方自治体の自由に委ねられます。

 すなわち、地方自治体は、今回の件で、国に箸の上げ下ろしまで関与される謂われはないということになります。


◆関与法定主義はどこへいった?


 ところが、総務省より示された要綱等を確認すると、個別具体的な内容について、まさに箸の上げ下ろしに至るまで、国が関与してきている実態があります。

 しかし、法律の根拠なく、政府が地方自治体に関与することはできません。具体的な根拠法令を何ら整備することなく、国が自治体に関与してくるのは関与法定主義(地方自治法245条の2)に反します。

 政府が権力的に関与したいのであれば、国会の議決を得て法律をつくらなければなりません。要綱に何ら法的拘束力はないのです。

 これでは悪しき「要綱行政」のゴリ押しというほかありませんが、その結果、次のような難しい問題が発生することになります。いずれも笑えない話ばかりです。


◆どうする?滞納処分


 最大の問題は、地方税法などとの関係に矛盾が生じることです。

 具体的には滞納処分との衝突です。

 総務省・定額給付金室は、税などの滞納者に対して支給された定額給付金を差し押さえることは、今回の政策の趣旨に合致しないと述べ、全自治体にこれを通知しています。

 しかし、市町村税の滞納処分について定めている地方税法331条によると、区は、滞納者に対し、財産を差し押さえる義務を課せられています。これは法的な義務となっている以上、要綱のようなものを根拠に免除できるわけがありません。

 課税の公平性を確保することは行政に課せられた法的義務である以上、銀行に資金があることを知りながら、滞納を見逃すことなど、あってはならないことです。

 とはいえ、杉並区が銀行などに手数料を払って支給した定額給付金を、同じ杉並区が改めて差し押さえるというのでは、たんに銀行に手数料を取られるだけであって、いったい何をしているのか、支離滅裂になってしまいます。

 もちろん、金に色目はありません。そのお金が果たして定額給付金だったかどうか確認するのはムチャというものですし、確認したところで法的義務が免除されるわけでもありません。

 かりに区が手心を加えて滞納処分に出なければ、「違法に公金の賦課徴収を怠った」として監査請求の種になってしまいます。かといって手心を加えなければ、無駄な二重行政を行うだけで、政策目的も達成されません。

 果たして、全国の自治体は一体どうするつもりなのでしょうか?

 支給分は全員一律に強制徴収を回避するのでしょうか?しかし、現金に色目はない以上、定額給付金だけを区別して取扱うことは不可能と思いますが・・・?


◆長年取り組んできた暴力団対策も水泡に


 定額給付金は、指定暴力団の暴力団員に対しても、推計9億6000万円程度が支給されることになります。

 日本では、これまで暴力団対策法や組織的犯罪処罰法などを通じ、一貫して暴力団の資金源を一網打尽にしてきました。しかし、そのような長年の努力も、今回の定額給付金によって水泡に帰することになります。
 
 総務省の要綱が、他省庁の定める法律の効果を減殺させることになるわけです。要綱と法律の序列を逆転させるものと言わざるを得ません。


◆死んでももらえる人 死んだらもらえない人


 また、総務省は「支給基準日は2月1日現在」と権力的に決めてしまっていますが、ここにも火種はあります。

 この点、総務省によれば、本人が2月1日に生存していれば、それ以降死亡した場合であっても、その分は同居家族が受け取ることができるとしています。

 しかし、一方で、総務省は、同居者がおらず単身で死亡した場合については、肉親であっても、本人の定額給付金は受け取れないという基準を設けています。

 これはどのように考えるべきでしょうか。

 この両者は必ずしも合理的な区別と言えない以上、法律上の根拠を明確にしなければならないというべきです。これも、単なる要綱で自治体を指図できるような内容ではないでしょう。


◆それでも責任は杉並区が負うことに


 以上、定額給付金給付事業は、法的に大きな課題を抱えています。

 法に基づかない行政執行や、他の既存の法律が定める機能や効果に悪影響を与える可能性は否定できず、立法の不備を強く指摘せねばなりません。

 しかし、定額給付金給付事業は、あくまで自治事務です。苦情等が発生したとしても、それは杉並区だけで処理せざるを得ず、政府のせいにすることはできないのです。


◆矛盾を逆手にとって 杉並区の寄付システムとの連係を


 このように定額給付金には数多くの法的矛盾があります。

 このような法的矛盾については、立法を担う立場にある議員として、どうしても納得することができませんので、私は定額給付金を申請しないつもりです。

 しかし、指摘したような矛盾を抱えつつも、それでも敢えて定額給付金給付事業を強行実施するというなら、少しでも有意義に使うことを検討していかなければならないでしょう。

 定額給付金は、景気対策として実施される事業です。しかし、実際にはその趣旨に反し、貯蓄する人、生計費の足しにして終わる人、そもそも申請しない人などが相当数出てくる可能性が指摘されています。

 内閣府によると、定額給付金のうち消費に回るのは4割、実質成長率を0.2%しか押し上げないとのことです。(なお、民間機関はもっと厳しい推計をしています)

 定額給付金が消費に回りそうもないならば、区関連基金への寄付を募り、発想の転換を図る必要があると考えています(寄付控除可能)。

 幸い、杉並区には古くからNPO支援基金をはじめとした区民の公益活動を増進させる先駆的な寄付システムがあり、高く評価されてきました。

 こうした寄付が、これまで数多くのNPO法人等の公益活動に活用されてきた実績をみれば、きっとその意義について理解していただけると思います。支給される定額給付金を簡便な方法で寄付に回すことができるよう、創意工夫すべきです。

 たとえば、定額給付金の案内・申請書類などを各区民に送付する際、杉並区に存在する各種基金への寄付申込書を同封し、1回の手続で定額給付金の申請と寄付手続を同時に完了できるよう工夫すべきと考えています。

 定額給付金(給付事業)が自治事務であり、杉並区の事業であることを思えば、このような方法は当然に可能です。国に法律がないことを逆手にとるのです。


杉並区議会議員(無所属) 堀部やすし


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